現在地: Home 記事 師のたまわく 〜 グラッシーレイク探訪記

記事

Document Actions

師のたまわく 〜 グラッシーレイク探訪記

by 後藤えむ last modified 2006-08-05 06:33

湖を囲んでそびえたつ白っぽい岩山、湖畔を囲む常緑樹、そして現実離れした色彩を作っている湖面。そこは決して秘境ではなく、誰でも無理なく歩いていける場所にあった。

プロローグ

かつて私には人生の師とあおぐ人がいたが、師は無類の旅好きだった。彼はいつも一人で旅をした。誰か連れのある旅は、旅では無いというのが師の持論だった。旅には、自分だけの発見をするために行くのだと、教わった。

師は友人のやはり旅好きのKの旅を例にとり、「Kがこの前、山梨にひとりで旅に出て、小海線という単線に乗った。そして小淵沢という駅で下り、プラットホームに立った。そのとき、Kは向かいのプラットホームの後方にひかえる山が、自分の背丈より低く見えることを発見した」

師によれば、このような発見が旅の宝なのだそうで、当時の私には何故そのようなことがKにとって重要な発見で、まして人生の糧になるようなことなのか、まったく検討もつかず、ただ、Kが男性にしては背の低い人であり、高いと思っている山が、自分の背丈より低く見えたとき、うれしい気持ちを味わったのだろうかなどと、そのとき、漠然と考えていた。

師の影響もあり、私はまるでそれが習わしのように、旅はひとりと決めている。ひとりの旅は、連れのひとに気をつかわずに、好きな行動が出来るという蜜の味を発見して、病み付きになった。忘れがたい印象的なひとり旅を無数に体験した。あちこちに旅に出てしまうのは、自分の居場所が気に入らないためなのだろうかと考えたこともあったが、自分で好きで移民して住んでいるバンクーバーに住んでみても、やはり旅に出るのは変わらない。

 

カナディアン・ロッキーへ。旅先案内人との出会い。

初夏のある日、一週間のカナディアン・ロッキーの旅に出た。今回の旅行は目的のあるものであり、2人の連れがあった。バンクーバーから車で走り続け、BCロッキーとは様相の異なる、鋭いそぎ形状を居丈高に強調する、ひどく変わった岩山の山並みにひとつひとつ目を惹き付けられながら、バンフに入り、キャンプ場で2連泊して、キャンモアに足を延ばした。キャンモアには人を介した知り合いがいて、その人は自然を撮る写真家ということだった。その写真家、中尾氏は挨拶もそここそに、開口一番、近くの山の山頂にあるという湖の話を始めた。

「ぼくは個人的に大変好きな場所でして、これが、本当にきれいな湖で、レイク・ルイーズよりもいいですよお。ご覧になったら驚かれますよ。なにしろ透明度10の水。透明度10っていうのは、最高レベルの値だそうです」

「へえ、どのくらいきれいなんだろう?泳げるんですか?」と私。

「泳ぐ?!」中尾氏ははらはらと笑う。

「100年前の氷河の水が長い時をかけて山にしみ込んで湖の真ん中から湧き出しているんです」

「じゃ、冷たそうですね、泳げないかな」

透明度“10”の湖、グラッシー・レイク

透明度が最高で、氷河から流れついた冷たい水が作る湖。

「水が完全に透明なので、湖の底がそのまま透けて、七色に見える。カナダに無尽蔵にある湖の中でも、他にないでしょう、あそこまできれいな湖は」

中尾氏は少し遠くを見て、まぶしそうに目を細めた。彼のなかで100%の賛美を捧げられる自慢の湖だということが見てとれた。その湖の名前は「グラッシー・レイク」だという。

「行ってみますかあ?これからグラッシー・レイクに。ご案内しましょおう」

時計を見ると午後4時。日没まではまだだいぶあるが・・・。

「そこ、山けっこう登るんですか?」

「いいえ、いいえ。子供でもご老人でも無理なく行けるハイキングコースですよお!山の下までは車で行って、あとはゆるやかな上りです」

まるで秘境にあるようにきこえる湖が、本当にそんな手軽な場所にあるのだろうか。半信半疑ながら、中尾氏の 車に乗り込んだ。

以下はグラッシー・レイクのハイキングの探訪記である。

レイクへのハイクへ出発

山頂に通じる登山道の入り口で車を降り、30分といわれた行程のスタートラインに立った。右の道はラクで簡単なおすすめコース、左は細くて狭く先に行くにしたがって急で滑りやすい上級コースとのことで、迷わず右を選んだ。この道はゆるい登りがどこまでも続いている。進むにしたがって、少しずつ高度が増し、見える景色が変わっていく。人が10人くらいは並べる道幅なので山道特有の圧迫感がまったくない。道の両側は森になっていて、丸い花弁の濃い桃色の花の群れが目を惹く。

日本の「ハマナス」によく似た可憐な花、「ワイルド・ローズ」。アルバータ州の州花で車のナンバープレートにも描かれている。

アルバータ州の州花、ワイルドローズといい日本の海岸で見かけるハマナスによく似ている。この花はバラの原種らしい。実のローズヒップはクマの大好物と聞いて、一瞬あたりを見回してしまった。

途中マウンテンレンジャーの女性とすれ違う。2日前にクマが出没したので、調べにきたらしい。何も注意を与えないところをみると、とりあえず今日は安全らしい。スカシユリに似たオレンジ色の小振りの野草はウエスタン・ウッド・リリー。 らくらくコースのはずの道がしだいにゆるやかな上りがきつく感じ始める。私の歩調に合わせて、中尾氏がゆっくり歩いてくれている。道の左側のブッシュの隙間から、ログキャビンのような建造物が見えた。中尾氏に促されて道をそれてブッシュに入る。

途中、ログキャビンでの展望

コバルトブルーに蛇行するボウ川の展望が素晴らしいロケーションに朽ちたログキャビンがある。

「何年も前に誰かが作ったログキャビンなんですね。ここからのビュウにひかれて作ったのでしょうねえ」もとログキャビンはいまは屋根もなく、子供の秘密基地のようにただの囲いになっている。もと窓があったと思われるところに立つと、眼下にすばらしい景観が広がった。なだらかにひろがる森とその下に流れる蛇行するコバルトブルーの川(ボウ川)。人工の自然のジオラマを見ているような錯覚に陥る。

しばし景色にみとれたあと、ふたたび「ラクラクコース」道に戻る。

少し歩いては後ろを振り返り、標高差を確認しながら(というよりも休みながら)歩き続け、しだいに言葉少なになった。中尾氏はそんな私を気遣ってか、ロッキーの山のなりたちを意気揚々と語り始めた。

「考えてもみてください。1万年前に氷河期の氷河が溶けて、巨大な川となり、山を削って谷を作っていった。その削り跡がこうして山となって残ったんですよお」自然の壮大なドラマを語る中尾氏の声は浪々と樹々の間に響いていった。不思議に彼の声をきいていると、疲れでこわばった膝もゆるんで、先に進む事ができた。

グラッシー・レイクに到着

「さあ、グラッシー・レイクの入り口まできましたよお」

前方を見ると、いままでの一本道が左右にわかれている。湖に到着!?分かれ道まで歩くと、道が取り囲む湖が見晴らせた。思わず息をのむ。

「うわあ、なんて色なの!」

中尾氏は湖の色にくぎ付けになっているの私の顔をのぞき込み、満足げにうなずいたあと、「いえいえ、こんなもんで驚いていたらまだまだ。グラッシー・レイクは2つの湖からなっているんです。これは下の湖。上の湖はもっとすごいですよお」

しかし私はその『下の湖』ですでに、動けなくなっていた。ちょうど風も止み、湖面は薄いガラスの膜をしいたように滑らかで、湖底全体を透過していた 。その色は、コケの色だろうか、濃い輝くようなエメラルドやバイオレット色のアメジストを思わせるようなビビッドな色が織り混ざり、壮大なタピストリーを展開していた。

湖の精霊に触れる。

連れの一人が湖水に入っていく。私も思わず靴とソックスを脱いで、湖畔に降り立った。そろそろと水に両足を浸す。なんという冷たさ。一瞬にして身体の中心に向けて太い棒が突き通るようだ。1秒、2秒、3秒。もう限界的に感覚がなくなり、ギブアップした。

濡れた足をハンカチで拭いて、湖畔に座る。湖に対面すると、気持ちのいい風が湖面を渡ってきて、湖の表面に細かいさざ波を作った。するとその湖面がステンドグラス状となり、湖底の色たちが少しずつオーバーラップしながら、フレスコ画のように揺れた。湖を囲んでそびえたつ白っぽい岩山、湖畔を囲む常緑樹、そして現実離れした色彩を作っている湖面。内的な眼が、自分の中の原風景の点描とこの自然が作り上げた絵画 が交わっていくのを、見ていた。おかしな言い方だけど、湖の精霊に歓迎してもらった、そんな感覚を味わっていた。

第二の湖

中尾氏は、自分の気配を消すかのようなたたずまいで、私が心の旅を終えるのを辛抱強く待っていてくれて、次のステップへと誘った。

先住民の壁画の残る巨大岩への急な上り道

グラッシー・レイクの二番目の湖はさらに少しのぼったところに厳粛な姿を鎮座させていた。二番目の湖もおそろしく透明で、エメラルド色が一層鮮やかに目立っていた。

もっと上のほうから見ると湖全体が見えていいですよお。実はこの上の巨大な岩に、1万年前の先住民の壁画が残っているんです」と、彼は湖の後方の急な上りの道を指差した。気がつくと、まわりの岩山では、数人のロッククライマーがクライミングしていた。その急な上りはあきらかにロッククライマーのための道のように見えたが、「先住民の壁画」という言葉はえもいえない魅力があり、勇気を振り起こして前に進む。

巨大岩に。先住民の壁画 

先住民が残した壁画の一部。スレンダーなひとが片手に丸い輪を掲げている。

その上りの道は、じっさい歩いてみると遠くから見るよりもはるかに急だった。滑り落ちないよう必死でついて行く。途中下を見下ろすと、2つの湖がすっぽりと視界に入った。そして巨大岩の前に立った。

中尾氏の説明によると、この辺りは戦いを好まない平和を愛する人達が、闘争的な人々から逃れて高地に住んでいたという。彼らはこの神秘な湖をそうして見つけたのだった。彼らが描いたという絵は、おそらく岩石から採取されたと思われる赤がね色の絵の具でかかれていた。

片手で輪を掲げて立つ八頭身のひと、異様に長い2つの角を持つ動物、三日月のような形を丸で囲ったもの。どの絵からも、ひどく宇宙的な印象が得られた。

宇宙人?一万年前、先住民のひとたちは、宇宙人に会ったのだろうか?とてつもない時間の壁を越えて、想像が果てしなくふくらむ。初めてここに来たとき、あまりの感動で涙が出てしまったという中尾氏は、またしても涙ぐんでいるように見えた。

パラドクス

このようにこの場所を知り尽くしているひとと一緒に来たのでは、自分ならではの発見が出来ないではないか。しかし、中尾氏に連れられなければ、ここには来られなかったというパラドクスにおちいり、この旅は、意味ある旅でないのだろうかと、ひとり自問自答しているうちに、素晴らしい考えが閃光のように浮かんだ。

『明日もくればいい。ひとりでくればいい。もうこの場所を知ったのだから。旅先案内人なしに来れるじゃないか!一人で来れば、かつての師に語って聞かせることのできるような、人生に糧となる、新しい発見があるかもしれない』

そして、明日のグラッシー・レイクでの時間に思いを馳せながら、意気揚々と、山道を帰路についたのだった。

エピローグ

私はキャンモアでのその後の滞在の残りのほとんどの日々を、グラッシー・レイク通いで費やした。新しい自分ならではの発見があったのかと問われると、初日に体験した、湖水の清涼な鮮烈さがいつまでも両足に残り、その後のさまざまなシーンがぼやけてしまう。ロッキーからバンクーバーに帰還した今でも、あの一瞬の湖畔でのことを思い出すと、泣きたいような不思議な気持ちに襲われる。あの瞬間、私は本当に湖の精霊に出会ったのかもしれない。先住民の誰かが、一万年前に宇宙人に遭遇したように。

後藤えむ

東京生まれ 。日本において「an an」、「Hanako」などの雑誌編集、JAL、東京電力、シチズン、ブリジストン、日本興業銀行等のメジャー企業の広告を手がけるアートディレクターとして活躍していたが、バンクーバー移住後はフォトグラファーに転向し、バンクーバーで数々の写真展を開催している。写真の主なモチーフは、自然、街、人。また、2005年にファッションブランド、Jha Jha Ojha Angelをスタートさせ、現在までに2回のファッションショーを開催している。
http://www.emu-photograph.com/

  
ロッキー辞典
Wikiだから面白い。カナディアン・ロッキー情報の決定版。
FrontPage 2008-05-12
カナディアン・ロッキー 2008-05-12
カナディアン・ロッキーの見どころ 2008-05-12
バンフ 2008-05-12
スノーコーチ 2008-05-12
マリーン渓谷 2008-05-12
マリーン・レイク 2008-05-12
click
ロッキーブログ
カナダ ねいちゃー紀行(ブログ) カナディアンロッキーのハイキング、高山植物や野鳥など。大好きなロッキーの素顔を発信。
CCSガイドブログ カナディアンコーディネイトシステムズ(CCS)のガイドが、現地からホットな情報やツアーの様子をお届けします。
編集長ブログ 編集長によるiRocky制作日誌。カナダ生活のよもやま話を交えながら気の向くままに書き綴ります。