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編集長ブログ
カナディアンロッキーの地名、カナディアンロッキーの人物
レイクルイーズ、エメラルドレイク、コロンビア大氷原… カナディアンロッキーの地名は英語がほとんど。ヨーロッパ人が来る前から先住民が出入りしていた地なので、先住民の言葉による地名が多々あるはずなのに。
確かにヤムナスカ、レイク・ミネワンカ、サンワプタ滝など先住民の言葉による地名もあるのですが、割合としては少ない。もっと多くてしかるべきだと思うのです。
そんなわけでカナディアン・ロッキーの英語やフランス語風の地名には少々反発を感じますし、あまりそうした地名の由来には興味がなかったのですが、調べてみると結構面白い。カナダとカナディアンロッキーの歴史が見えてきます。
昨日はロッキー辞典に掲載するためジェームス・ヘクターという人物について調べていました。マウント・ヘクター、ヘクター・レイクなどの名称にその名を冠していますが、自らも地名の命名者。キャッスル・マウンテン、カスケード・マウンテンなどがヘクターさんによるものです。
ヘクターさんはパリサー探検隊(英国北米探検隊)の一員としてカナダ西部を探検。地質学者であり外科医であもあります。パリサー探検隊は英政府により派遣され、1857年から1860年にかけてカナダ西部を調査。特にカナディアンロッキーに大陸横断鉄道を通すためのルート探索が重要任務だったようです。
地質学者であるヘクターさんは大平原のあたりでは地質的に面白くなく退屈していたようですが、カナディアンロッキーに入るとむき出しの地層や岩を見て興奮。精力的に探査し、科学データの収集で大成果を上げています。ヘクターさんは学者として優れているだけではなく、同行者達を唖然とさせるほどの体力と行動力の持ち主だったとか。その上医者でもあるのですから、探検隊にとっては実に心強い人物だったのではないでしょうか。
探検隊は道なき道を行き、いくつもの峠を越えてカナディアンロッキー南部を精力的に探検。食料補給もままならない場所なので飢餓状態に陥ったことも。鳥や鹿などを狩りして食料としていたそうです(現在なら違法ですね…)。なんとも逞しい。
パリサー探検隊によりはじめてカナディアンロッキーの詳細な地図が作成され、数々の地名が命名されました。キャッスル・マウンテンのように形から想像されるものもありますが、多くは関係者や知人の人名に因んでつけたそうです。
現在のキッキング・ホース峠で、川に落ちた馬を助けようとしたところ馬に蹴られて気絶。一度は死亡宣告されたのですが、穴に埋められる寸前に息があることがわかり引きずりだされたとのこと。その際、ヘクターサンは声がでなかったのでウィンクをして生きていることを知らせたそうです。それは必死の試みだったのか、ユーモアだったのか知る由もありません。キッキング・ホース峠という地名はこのエピソードに因んでいます。