パリサー探検隊
Palliser Expedition
1857年から1860年にかけて英国により派遣された探検隊。正式名称は英国北米探検隊(British North American Exploring Expedition)だが、ジョン・パリサーを隊長としていたため、一般にパリサー探検隊と呼ばれる。
ノースサスカチュワン川とアメリカとの国境間の平原、およびカナディアンロッキー南部の山脈超えルートの調査を目的としていた。
当時のカナディアン・ロッキーは道もなく地名すらついていない状態。食料確保も困難で飢えに悩まされたこともある。それでも成果は素晴らしく詳細な科学的データの収集に成功。はじめてカナディアンロッキーの本格的な地図が作成され、数々の山がこの時に命名された。
6つの山脈越えルートを踏破し、そのうちの一つキッキングホース峠は大陸横断鉄道のルートに選ばれている。
ジョン・パリサーはアイルランド生まれ。地質学者であり探検家でもあった。パリサー探検隊を組織、指揮したが実際の調査はジェームス・ヘクターなど同行の学者が行った。
